2010年08月08日

トレーニングの意味

今朝もトレーニングに行ってきた。


2週間ぶりで、バーベルが本当に鋼鉄の塊であることを実感するくらい重く、疲労困憊で早々に切り上げて帰ってきた。夏でばて気味であることを考えると、まあ仕方がないところかもしれない。


ふと、自分がなんでトレーニングをしているのか、と考えてしまった。


苦しいトレーニングをなぜ毎週しているのか?と。


答えはわかっている。


実は、学生時代にもトレーニングを止めようとした時期があった。ボディビルの大会で箸にも棒にもかからず、落胆し、トレーニングを完全に止めようと思った。1カ月くらいはトレーニングをしなかったような気がする。


しかし、止められなかった。


理由は2つある。


1つ目は、トレーニングの楽しさが見に沁みてしまったことである。結局はエンドルフィンという脳内麻薬の中毒なのかもしれないが、一度知ってしまったこの楽しさは、トレーニングのほかに取り柄のない私には簡単に止められるものではなかった。


2つ目は、アイデンティティだと思う。トレーニングで培った筋肉、このがっしりした体を持った自分しか自分だと認めたくない自分がいるのである。もともと高校時代には将棋部の友人よりも胸板が薄く、コンプレックスの塊であった。あの頃には戻りたくない。そして、この筋肉で培った自分自身に対する自信を失いたくない、そんな気持である。


今ではもう一つの理由も加わった。


健康維持である。


少し年上の上司が過労から突然死をする事態を目にしてきた。残された家族のことを考えると、とてもつらい気持ちになる。明日は我が身である。健康維持のためにも、トレーニングが続けたい。



トレーニングは止められない。




posted by power_cubic at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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